排他式


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MS-DOSのバージョン

 メモです。

 便宜上PC DOSも含んでおります。
 マイクロソフトはMS-DOSをバージョン6.2までリリースしていましたが、進歩性からバージョン6.0以降をIBM製PC DOSとしています。
 MS-DOSは、IBMの互換機以外のバージョンがハードウェアごとに存在しています。
 現時点では、マイナーバージョンは一部の除き記載していません。
 管理人の気分次第により、将来的に網羅するかもしれません。

 ※例により記憶間違いによる誤表記は、気付き次第随時修正。

MS-DOSのバージョン
リリース バージョン 仕様や出来事
1981年 PC DOS 1.0

オリジナルバージョン。

まだ新興企業だったマイクロソフトが、「QDOS」の発展型を開発中だったシアトルコンピュータプロダクツ社とそのOS「86DOS」の権利を丸ごと買収。
マイクロソフト製IBM用オペレーションシステム「PC DOS」と名前を変更してリリースした。

このマイクロソフトの手法は現在でも変わっていない。

1982年 PC DOS 1.25

両面ディスクをサポート。

マイクロソフトが「ZDOS」の名称でOEM供給を開始したのを皮切りに、いくつかのIBM以外のパソコンに導入される。
もちろん、まだ互換機ではない為、異なるハードウェア間では動作するアプリケーションに互換性は無い。

1983年 MS-DOS 2.0

IBMの10MBのハードディスクへの対応。
5.25"360KBの両面書き込み(合計720MB)とディレクトリ(階層式ファイル管理)のサポートが行われた。

この頃、ちっぽけな島国日本では、PC-88だのFM-7だのでカセットテープ全盛期、OSってなんですか?
のどかな時代であった。

1983年 MS-DOS 2.11

多国言語と拡張文字をサポート。

日本でマイクロソフト製BASICの評価が高い事から、OSに採用するパソコンが出始め、標準OSとしての地位を固める。
この段階でも機種間で動作するアプリケーションに互換性は無い上、メーカーごとに扱えるハードディスクの上限も異なる為、同じ操作体系の別なOSと思うほうが安全。
私が使用していた最も低いバージョンがこれ。

DOSを手にした時の第一声が「この言語、どうやってプログラム組むの?」

根本的に間違ってた。

1984年 MS-DOS 3.0 80286のサポート。
5.25"で1.2MBの高密度フロッピーをサポートし、32MBまでのハードディスクを扱える様になった。
ただし、日本産パソコン向けのバージョンではサポートしている容量が違う。
1984年 MS-DOS 3.1 ネットワークのサポート。
1986年 MS-DOS 3.2 日本産パソコンにはリリースされていない。(と、思う)
1987年 MS-DOS 3.3

SCSI規格が登場し、128MBまでのハードディスクをサポート。
IBMのPS/2コンピュータへ対応と、32MB以上のハードディスクでは、最大32MBで分割し独立したディスクとして扱うパーテーション管理をサポートした。

ただし国内産パソコンはサポートされる最大容量がマイナーチェンジにより異なる。
3.5"フロッピーも1.2MBの両面書き込み可能となる。

気が付くと、いつの間にかフロッピーの色が青色から黒色になっててびっくり。←2HDは黒

1988年 MS-DOS 4.0

XMSのサポートと最大2GBまでのハードディスクへの対応。
今までに無かったグラフィカルなDOSシェルと512MBまでのパーテーション、「installable file system」と「large buffer」のサポートと革新機能のてんこ盛り。

多数のバグまでてんこ盛り(汗)

結果、動作不良を起こすアプリが次々発生し大問題となる。

その脅威の破壊力を目にした日本のメーカーは恐れおののき、従来との互換性重視と客のクレーム対応が嫌だったので、4.0のリリースを一斉に見合わせた。
しかし、何もしないと格好が付かないので、バージョン3.3の機能拡張を行った3.31を販売して、取り敢えずお茶を濁した。

唯一の例外として、果敢にも単独挑んで行ったメーカーがあった。
EPSONである。

飛〜べよ〜♪星〜ま〜で〜♪

トブつもりか?いいのかEPSON?!

1989年 MS-DOS 4.01

4.0で新たに追加した多くのバグに対してのバグフィクス版。

EPSON版MS-DOS4.01発売。

メーカー単位の細かなバージョンは書き出すときりが無いのだが、国内でこれを販売したのがEPSON1社とレアなOSであった為、記録として残しておく。

因みに、うかつにも新OSとばかりに私は導入し、殆どすべてのアプリケーションが動作不能になったという、生涯忘れられないインパクトを受けた傑作OS。
EPSONからは互換性問題を回避する「EPSOND」コマンドがリリースされていた為、これを実行すれば動作可能であったが、非常に面倒で結局前のバージョンへ戻した。
って、回避するコマンド追加の上、販売したって事は確信犯ですか!?

今思えば購入する時、店員が3.31と4.01の2つのDOSを並べて置き、それぞれを紹介した時の口調と表情!
そいつはこうだ。

「3.31は普及してるから安心ですよ。4.01は新しいOSなんでちょっと・・・

あ〜!思いっきり3.31を売ろうとしてたじゃねーか!

俺はてっきり、

(ふっふっふ、上手い事言って古いOSを売りつけて在庫処分か?あ?どうだ?図星だろ?めででーやつだな?そうは問屋が卸さねーぜ!俺はこっちを買うんだよ〜〜ん♪)

「(素の顔で)4.01ください。」って、あ〜もう!!くそ!深読みし過ぎた!失敗した!!
もっと、人を信じろよ!
以後、マイクロソフト製の新OS導入は、発売されてから最低でも1年〜2年以上見合わせるスタンスを現在でも貫いている。

いや、もういっそこのまま・・・

また、EPSON版で65MB以上のハードディスクに領域を確保するには、「SHARE」コマンドを使用する必要があった。
これは、ネット共有の為に使用する「SHARE」コマンドと異なる。
苦労させられはしたが、今最も導入したいデンジャラスで難易度の高いぞくぞくする様なステキなOS。
(友人にハードウェアごと譲り現在は所持していない←もちろん困るといけないので3.3も渡してあるから末代までも安心だ)

そういや、販売したOSに何らかの不都合を残して、したり顔で「新しいWindowsOSを買って下さい。」は今でも同じか。

※2009年5月に友人よりEPSON版4.01が返ってきました。

1990年 IBM DOS J4.05/V

日本国内のみ販売で、IBMから行われた。
略称で「DOS/V」と呼ばれた。
漢字ROMを実装しないPC/AT互換機でグラフィックデータとして日本語フォントを実装し、これにより海外メーカーの安価なPC/AT互換機でも日本語の表示が可能となり国内で利用しやすくなった。
それまでの日本向けパソコンは、フォントをROMで持っていた事から、文字の描写の所で互換性に欠け、海外ソフトの導入においてもスムーズでは無かった。
OS起動時に読み込まれたフォントは、アッパーメモリーブロック(UMB)にロードされる。
成功、失敗はさておき、バージョン4.0で640KB以上のエリアが使える様になった恩恵である。

このバージョン以降は日本国内向けのDOSに「Jx.x/V」が付けられる。
その為、PC/AT規格のパソコンは、通称「DOS/Vパソコン」と呼ばれ定着した。
その背景には、日本で一番売れていたNEC製パソコンの商品名が「PCシリーズ」であり、EPSON製パソコンが「PC-98互換機」であった事が大きい。
一般客層が誤って購入する危険性を避ける目的で、販売業者や編集雑誌関連で意図的に「DOS/Vパソコン」の名称を使う様にしていた。
また、「IBM互換機」の名称も「IBMのコピー品」という印象を与える事から、メーカーや販売側が意図的に使用しなかった。

1991年 MS-DOS 5.0

4.0の反省点から、異なるバージョンのMS-DOSで発生した動作に対応、4.0で拡張した新機能「installable file system」と「large buffer」も男らしくバッサリ廃止だ!ってオイ!

Windwos3.0のメモリ管理にはXMSを使用。
32ビットCPUのサポートによりUMBを実装し、デバイスドライバ等をUMBへロードする事で、コンペショナルメモリの有効利用が可能となる。
ただしTSR等の一部のドライバは仕様上、UMBで利用出来ない。
ハイメモリはハードが異なれば管理方法も異なる事から、メーカーごとに独自のメモリマネージャが開発された。

これは、各ユーザーが自分のマシンのポテンシャルを引き出すCONFIG.SYSとAUTOEXEC.BATを作成しなければならない事を意味する。
ゲームも仕事もそっちのけで、ひたすらUMBにデバイスを詰め込む事に専念する、ちょっと間違ったユーザーを大量に生む結果となった。
「オラがCONFIG見てくんろ!」と、自分のCONFIG.SYSとAUTOECEC.BATをパソコン通信、無線によるパケット通信、雑誌投稿、果てはプリントアウトまでして公開し、お互いを称え合う事が社交辞令化、ブームとなって行った。

新規格2.88MBのフロッピーをサポート(IBM互換機版)したが、正体は圧縮されたディスクである。
資源をより有効に、より効率的に活用出来る多くの傑作ユーティリティを提供。
日本のメーカーリリース版はこのバージョンよりDOSシェルをサポート。

1992年 MS-DOS 5.0a 「CHKDSK」の致命的な問題に対してのバグフィクス版・・・
MS-DOS 5.1 ・・・のバグフィクス版。
1993年 MS-DOS 6.0

IBMとマイクロソフトのOS共同開発契約終了。
以降の開発はIBMとマイクロソフトで独自のマイナーチェンジになる。

ディスク圧縮ツール「DoubleSpace」やデフラグツール「Defragmenter」、バックアップツール「Backup」、誤って消去したファイルのリストアが可能な「undelete」、アンチウィルスソフトの「Anti-virus」、メモリ管理ユーティリティ「MemMaker」、「MOVE」コマンド等、多くのコマンドやユーティリティの追加。

思うに「undelete」というファイルのリストアコマンドをサポートしたのは、「DOS/V」のリリースや今までOEM供給だったMS-DOSが5.0より店頭販売になり、パソコンの普及に勢いが付き始め、初めてパソコンを触り、恐る恐るマニュアル片手に「delete..」と、ルートフォルダごとOSを抹消する者が続出したから実装したに違いない。
Windows95登場時にもWindowsフォルダごとゴミ箱に叩き込むツワモノが続出したから間違いない。

マイクロソフト版のみDOSシェルを別パッケージとしてリリースした。
これ以降、IBMのPC DOS以外は、マイクロソフト製品のベンダPCに合わせた調整とリリースが行われた後、Windows95のリリースで製品としてのMS-DOSは終わる。

1993年 PC DOS 6.1 IBM製の自社および互換機向けOS。
MS-DOSにIBM独自の機能を盛り込んだパッケージでマイクロソフトと差別化。
独自のディスク圧縮プログラム「Stacker」の採用等。
(MS-DOSでは、ディスク圧縮プログラムのデータ圧縮の方法でStacがマイクロソフトを訴え、「DoubleSpace」が「DriveSpace」に)
1993年 PC DOS 6.2 PC DOS 6.1のコマンドの追加、改良を行ったマイナーチェンジ版。
「DoubleGuard」を実装、「SCANDISK」の登場。
現在は無償で6.2にアップデート出来る事からアップデータは無い。
1994年 PC DOS 6.3 PC DOS 6.1のマイナーチェンジ版でIBMより6.1からのアップデータが現在でも無償で供給されている。
1995年 PC DOS 7.0

PC DOS 6.1の機能強化型。
DOS/V Extension 2.0同梱、ディスク圧縮ツール「Strcher」が4.0となり高密度化、IBMノートパソコン向けにカードマネージャの強化、スクリプト言語での開発環境をサポート。
オンラインヘルプの様にユーザーが容易にヘルプを見る事が可能。
メモリマネージャが強化され、より多くのフリーエリアが確保可能となった。
マイクロソフトがWindows95をリリースし、IBMのwebサイトではPC DOSの位置付けをweb boy同様、「過去の資産を継続的に利用する為」とする記載が見られ始める。

IBMの諦めムードがほのかに香り始めた・・・

1998年 PC DOS 2000 PC DOS 7.0のマイナーチェンジパッケージ。
2000年問題に直面するアプリケーションでもOS側で修正し、正常な処理が行われる様になった。
欧州統合通貨のサポート。
2000年非対応BIOSを使用したPC上で、世紀バイト(年号4桁上2桁)をOSが自動変更しアプリケーションに渡す様に改良された。
名前が長くなった為なのか、日本語対応版が「Jx.x/V」から「J」だけに変更された。

【文章:銀牙】(2009年4月22日追記)

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