排他式


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J-3100シリーズ

J-3100SS001WDynaBook J-3100SS001W

機種紹介(内容が脱線しているので、いずれ別項目に別けます)

 ダイナブックと言う名称が「アラン・ケイ」博士の「DynaBook構想」から名づけられた事は、古い東芝PCユーザーなら誰でも知っていると思います。
 1960年代に氏の唱えた「DynaBook構想」とは、パソコンの方向性を示したものであり、その後のパソコン進化に大きな影響を与えました。
 当然、「DynaBook構想」を実現したモデルではなく、それを目指す意味での命名でしたが、世間での評判は「実現していないのに」と、冷ややかでした。

 現在でも氏の提唱された「DynaBook構想」の実現はされていませんが、オフィスにあったコンピュータを野外に持ち出せる「ポータブルコンピュータ」として世に問うたのが「J-3100SS」でした。
 今までのラップトップにはAC電源が必要で、公園のベンチで気軽にパソコンを動かす事は出来ません。
 CPUは発売時でも非力なものでしたが、これはバッテリの持ちを考慮してだと思います。
 バッテリ技術の進歩と共にDynaBookも年々パワーアップしていきます。

 私が何よりも驚いたのは価格設定です。
 今までのラップトップといえば小型化の技術の為か、デスクトップより高価である事が普通でした。
 しかし、DynaBookは20万円を切る価格設定で、デスクトップと変わらなかったのです。
 いえ、むしろ安い位で世界中を驚かせました。

 世界初のノートパソコンは、発売と同時に価格破壊というオマケまで付けて、鮮烈にデビューしたのです。

 DynaBook J-3100SS002(ツインフロッピーモデル)

 もちろん、EPSONのHC-20に代表される一連のハンドヘルドコンピュータも野外に持ち出せました。
 そんな中、ダイナブックをノートパソコンの祖とする記載が多いのは、家庭レベルのパソコンにOSが定着し、ワークステーションとパーソナルコンピュータの線引きが、民間ユーザーのレベルでは分からなくなりつつあった時代背景も手伝って、「世界標準OSが稼動する」、「オフィスを持ち出せる」と言うキャッチコピーが「初めての携帯オフィスコンピュータ」的なイメージとして広がったのではないでしょうか。
 また、年々の高機能化に伴って高度なLSIの小型化技術が必要とされ、一時期「ポータブルコンピュータラップトップの大きさが限界」とまで言われた事もあり、それを克服した東芝への賛辞なのかもしれません。

 実は同時期にハンドヘルドの雄たるEPSONも、IBMのパソコンと同等、時にはそれ以上の性能を誇ったPC-98互換機において、ノートパソコンを画策していました。
 本来ならば、EPSONがノートパソコンの元祖になるはずでした。
 世界初ノートパソコンの発表は、EPSONの方が半月程早かったのです。
 (EPSON発表:6月2日、東芝発表:6月14日)
 しかし、東芝がDynaBookを発表翌月の20日に販売を開始したのに対し、EPSONは9月に販売を開始と生産レベルで大きく水を開けられてしまいました。

 開発のスタートは両社とも明確にしていませんので、どちらが先だったのかは謎のままです。
 EPSONの開発を知って東芝が生産を急いだのか、東芝の開発を知ってEPSONが発表を急いだのか、何らかの駆け引きはあったと思います。
 仮にEPSONが先に発売したとしても価格面で太刀打ち出来たのでしょうか?
 国民機の安心感があるとはいえユーザーは半額!!のDynaBookに手を出さなかったのでしょうか?

 私は価格面で絶対的不利であっても、法人市場は「食えた」と見ています。
 世間はバブルの時代でしたから、オフィスが98環境なら導入したでしょう。

 純正バッグ(中にJ-3100GSを入れてます)

 蛇足ですが当時私は、DynaBookを珍しいと思って見ていませんでした(笑)
 何故かと言うと、ラップトップノートブックの違いがよくわかっていなかったのです。

 さて、そんな東芝が開拓したポータブルコンピュータノート」というカテゴリにも、いよいよ巨大な敵が立ちふさがります。

 PC-9801N登場。

 98初のラップトップをEPSONに奪われ、威信をかけたNECより国内最強のビジネスマシンがノート市場に参入してきます。
 ここでEPSON製PC-98互換機との連合軍を形成する事になり、東芝は苦戦するに至ります。
 翌1990年のノート市場は、この3機種に世界のIBMが参戦し、覇権を争う販売合戦になりました。

 次々と新機種が投入された国民機に対し、東芝は年末に新機種を発表するのみでした。

 しかし、東芝はVGAに進化したAT互換機路線への転身を図っていたのです。
 そして、自社アーキテクチャに拘りすぎた連合軍を打ち破るのでした。

 我らの敵は国内に在らず、敵は異国の地に在りや。

 常に世界を視野に入れてきた東芝は、Windows時代ともなるとSORDと合併した事も手伝って、技術力がズバ抜けて高く、根強い固定ファンと高品質を維持しているIBM以外には全く対抗出来ない程、手のつけられない存在に成長していきます。

 DynaBookの発売から10年後、既にEPSONは98互換機から撤退しAT互換機市場に流れ、NECもPC-98シリーズを断念します。
 一方のDynaBookはと言えば、Windows環境下において最も安定稼動したモバイルと評判になり、ノート世界シェアNo.1に堂々と君臨していました。

【文章:銀牙】(2009年4月18日追記)


DynaBook EZ

J-3100の種類

 さて、Dynabookと言っても実は数種に分類されます。

 最初期型はPC/AT互換機ではなく、PC/XT互換機でした。
 しかし、すぐにPC/AT互換機へと方向転換を図ります。
 とはいえ、漢字ROMを搭載している上、解像度もDCGAで完全なPC/AT互換機ではありません。
 俗にいうJ-3100規格と呼ばれるものです。

 後のVシリーズ(V386、V486、V486A、SS433/425、V486FV、EZ486、EZ425/EZVision)になると640x480のVGAタイプとなり、PC/AT互換機として使用可能となります。

 あとは東芝DOSのバージョンによっても分類できます。
 東芝DOSは日本語版が3種、英語版が1種ありまして、Ver.5.0以降か以前かで分かれます。
 Vシリーズにおいて利用可能なMS-DOS5.0以降のOSでは、DOS/Vを意識したものに変わり、内臓フォントをRAM上に展開するエミュレーションが付いています。
 V486AまでフォントをROMで内蔵しています。
 (エミュレーションしなくても、PC/AT互換機用のDOSでそのままブートすれば、PC/AT互換機と同じくフォントをRAMに読み込むので、どっちでもいいと言えばそれまでです)

 これら拡張機能には旧資産と併用するためのものです。
 (一応DOSも未開封で持ってます)
 その一方でMS-DOSやAtok辞書をROM内に持つ、DynaBook EZも登場しました。
 EZ以降のDynaBookは、キータッチやデザインが悪くなりました。
 その代わり画面は大きくなりました。
 先に書いた通りVGA化されているので、PC/AT互換機と同じソフトが動作します。
 (遅いですがHDDの容量問題さえクリア出来れば、Windows95も動きます)

 そして、Windowsの普及と共にPC/AT互換機への道を歩む事になるのです。

【文章:銀牙】(2009年4月25日修正)


J-3100SX001P

 プラズマディスプレイにより写真ではオレンジに写っています。

俊速プラズマ発進!

 ノート型J-3100の中でも一際異彩を放っていたのは、このプラズマディスプレイを持つJ-3100SX001Pです。

 プラズマと言えば即DynaBookを連想される方も多いと思いますが、当時、NECや松下、日立、富士通、Compaqもラップトップではありますが、プラズマディスプレイを持つ機種を発売しておりました。
 実は上記のJ-3100SX001Pのプラズマディスプレイは松下OEMなのです。

 しかし、DynaBookのイメージカラーであるオレンジ色と重なって、プラズマ=DynaBookというイメージが先行したのも事実で、当時、オレンジ色に輝くDynaBookを持つ事は、皆のあこがれでした。
 当時の液晶は反応速度が遅いDSTNが主流で現在の様なTFTが普及するまでの間、プラズマディスプレイのモデルがリリースされていました。

 そういえば手持ちのプラズマノート(5台)のディスプレイは2005年末にすべてが表示不可能になりました(笑)
 ブルーダイナのディスプレイに交換すると普通に稼動したので、純粋にプラズマの製品寿命って事でしょうね。
 いやいや、発売時期から考えて十分でしょう。
 プラズマラップトップの方はすべてが無事ですけど(汗)

 修理可能なら復活させたい逸品であります。
 DynaBook初期型で286GS021モデルのみ、形状が異なります。

歴代J-3100
 これはDynaBookを収集し始めた頃(90年代)撮影したものです。
 最上列はラップトップ、それ以外がDynaBookです。
 写真の上から2列目中央のモデルを見て下さい。
 形状が明らかに違います。

 これがGS021で、あまり流通していない様です。
 (近日特集したいと思います)

 因みに左上がテンキー付きのラップトップPWS5022Aで巨大です。
 絶対膝の上で使えないと思います。
 最上段中央がGT-XS-XS101V、右上がGT-041です。
 2列目左がVシリーズで、中央が先の286GS021、右が286GS001です。
 3列目左が386SX001、中央が386SX001P、右がV386EZです。
 一番手前左が386SX041W、中央がSS002、右が初期のSS001です。

 今見るとまだ8台と少ないですね。
 ここから狂った様に収集を始めて、今では新旧合わせると100台以上は有ります。

 DynaBook J-3100シリーズは、初期型が一番メカらしくてデザイン的に好きです。

 蛇足ですが、現在でも東芝ファクトリーパソコンは、3100シリーズを名乗っています。
 形式は歴代で「FA-3100」となっていて、最後のモデル名で機種を判別しています。

【文章:銀牙】(2009年4月21日追記)


パンフレットJ-3100SSパンフレット

DynaBook J-3100SS(SS001/SSW001)

SS001:1989年6月発売
SS02E:1990年2月発売
SS002:1990年6月発売

→詳細仕様はこちら

DynaBook286 J-3100GS

GS021:1990年2月発売
GS001:1990年10月発売

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DynaBook386 J-3100SX

SX001、SX002、SX021:1990年12月発売
SX041:1991年6月発売

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DynaBook386/20 J-3100SX-P

SX01P、SX021P、SX041P、SX061P:1991年6月発売

→詳細仕様はこちら

DynaBook386 J-3100SX-B

SX001-B、SX021-B、SX041-B:1991年10月発売

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DynaBook386/20 J-3100SX-W

SX001-B、SX021-B、SX041-B:1991年10月発売

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DynaBookV386/20 J-3100SX-VW

J31SX0VW、J31SX4VW、J31SX8VW:1991年10月発売

→詳細仕様はこちら

DynaBookV386/25 J-3100SL-VW

J31SL0VW、J31SL4VW、J31SL8VW:1991年10月発売

→詳細仕様はこちら

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